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ノーキー80歳記念アメリカツアー 【紀行文 2 7月8日 ナッシュビルに到着】

ラスベガスからナッシュビルへは、アトランタ空港で乗り継ぎます。

アトランタ空港は世界一のハブ空港で離発着数も多く、魚の骨状の滑走路となっています。

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コカコーラが生まれたのはアトランタで、ここにはコカコーラ博物館があります。
残念ながら立ち寄ることはできませんでしたが、ラスベガスを7時頃のフライトに乗りナッシュビル空港についたのは15時過ぎです。
時差が2時間位ありますので6時間のフライトです。
特に大きなトラブルもなく無事空港を出て、シェラトン・ミュージック・シティ・ホテル(Sheraton Music City、以下、シェラトンホテル)からの迎えのシャトルバスに乗り込みます。

シェラトンホテル

空港から高速を使い、20分位でシェラトンホテルに到着。

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シェラトン・ミュージック・シティ

シェラトン・ミュージック・シティ

あらかじめジュディさんに携帯で連絡してあったので、フロントまで出迎えてくれました。
フロントは空いており、まるでダチョウのような黒人女性がチェックインの案内をしてくれましたが、予約の確認などで30分ほど手続きに時間がかかりました。
日本人はほとんど来ないようなので、いろいろ話しかけてきました。
とても日本人に興味があったみたいです(私はノーサンキューでしたが愛嬌がよく好感が持てました)。

ロビーには、冷たいお水が・・・

ロビーには、冷たいお水が・・・

このホテルは、一階に演奏ができるホール部屋が5つほどあり、4日間行われるイベント期間中、朝9時ころから夜11時ころまでプロアーチストによる演奏が行われています。
入場料はホテル代とは別に3万円くらいで四日間利用できます。

このイベントは、CAAS(カース:the Chet Atkins Appreciation Society)といい、2001
年に亡くなったカントリギタリストの故チェットアトキンスを偲び毎年開催されています。
出演者はフィンガーピッキングスタイル奏法がマスト条件となっています。
チェットアトキンスを師とするノーキーもここには毎年顔を出していることは、話に聞いておりました。
チェットのちらし

自叙伝にもチェットアトキンスをコピーしていたことが書かれています。
そういえばノーキーの好きな曲の中にもいくつかチェットアトキンスが弾いているものがありました。

・WALK DON’T RUN
・VINCENT
・I GOT A WOMAN
・アラバマジュベリー
・オレンジブロッサムスペシャル
・黒い瞳
などなど

ホテルの近くには、繁華街はなくコンビニ、ファーストフード以外にはレストランもありません。
バスなどで町に出かけなければ、ホテル内のレストランで1日中過ごすことになります。

1階のメインステージ前には、参加ミュージシャンのグッズなどの即売会が行われています。
驚く程多くのチェットアトキンスやカントリーレコードが山積みにされていました。
もちろんノーキーコーナーも常設されており、昨年の叙情曲のCDなどが展示されていました。
オークションのギターも2本出ており、一つはドンウィルソンのサイン付きのエレキギター、もう一つ白のグレッチでした。

この4日間にいくらで売れるか、楽しみです。

ノーキー80歳記念アメリカツアー 【紀行文 こぼれ話】

今回の参加者は7人でしたが、リムジンに乗るのも食事をするのも団体行動は海外旅行初めての方も数人いらっしゃいましたので、人数的にベストでした。

  

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シアトル空港の入口の身体チェックで検査ベルトに流した財布(現金とカード入)がなくなり事件となりました。検査係の女性に言っても、警備員に言っても真剣に探そうとしてくれないので途方に暮れていました。盗まれたのなら見つかるはずはないのですが、前後の人にそういう感じの人がいなかったのでどこかに落ちているのではないかと、検査台の下など隈なく探した結果、ベルトから落ちているのを発見し、めでたしめでたしでした。薄い財布だったために検査ベルトの回転部分のローラーの間からすべり落ちたものと思われます。

また、ラスベガスからナッシュビル行の乗り継ぎのアトランタ空港では、日本人の御夫婦が突然駆け寄ってきて電話を貸してくださいと慌てた様子で話しかけてきました。なんでも娘さんが携帯電話を忘れて取りに行ったきり1時間以上戻ってこないそうでした。近くに公衆電話もないし携帯もないし困っていたところ日本語が聞こえてきたので思わず神にもすがる気持ちだったそうです。
乗り換え時間が迫っていたのでその後どうなったかわかりませんが、旅行会社と連絡がとれ、とりあえず連絡を待っていることになったそうです。今回はアメリカで使う電話を持っていったので安く利用できました(AT&Tでチップを買うと25ドル分を10日間くらい使えます)。日本のスマホなどでかけると通話料金が高いです。

また成田でWifiルーターをレンタルして(8,000円位)、グループのみなさんに使っていただきました。どこでも使えて大正解でした。
アメリカでもWifiは有料なところが多いので意外に不便です。

アメリカの空港では、荷物を受け取るのはノーチェックであり間違えられても調べようがないのでたいへん不安でした。日本の空港ではタグのチェックがあるのですが、ナッシュビルの空港では、空港の外にボーディングレーンがあるので誰かが荷物を持って行ってもわかりません。スーツケースには大切なものは入れないでおくほうがいいです。

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ラスベガスへ

ラスベガスへ

ノーキー80歳記念アメリカツアー 【紀行文 1 ラスベガス行】

まえがき

毎年ナッシュビルで開催されるCAAS (the Chet Atkins Appreciation Society)の中で特別企画、"ノーキー80歳記念特別コンサート"の後援メンバーによるアメリカツアー紀行です。
今回は7月7日~13日の約1週間の行程でラスべガス、ナッシュビルの2都市を訪問しました。

参加メンバーは、
Nokie Venture Clubより鑓水一郎、鴻巣泰一、
Nokie励ます会より根上司、野中昭夫、成田龍美、戸田健治、矢島文絵

今回のツアーではGibson BrandsのCTO(最高技術責任者)菅正雄氏には現地工場の視察に関し特別にご配慮をいただきました。

またラスベガスで開催されているオリビア・ニュートンジョンのコンサートでは、ケリーマークス氏のお陰でバックステージに招待頂き、オリビアを始めバンドメンバーとの交流が実現しました。

今回ツアーの目的

①CAASへの参加

日本人のための"ノーキー80歳記念特別コンサート"後援

②ギブソン工場視察

本社工場、カスタムショップ、エピフォン本社

③オリビア・ニュートンジョンのコンサート観賞

3ヶ月に渡り行われているフラミンゴ(旧ヒルトン)ホテルでのショー

④サマーNAMMショーの見学 

毎年、国際音楽製品協会(NAMM)が主催し冬はロス・アナハイムで、夏はナッシュビルで開催され世界中から新商品が展示され有名ミュージシャンがデモンストレーションで参加します。

1.7月7日(ラスベガス)

シアトル経由のデルタで成田を出発。

機内はほぼ満席で16時間の飛行でしたが、乗り継ぎもありそれほど疲労感はなくラスベガス空港に15時半頃着きました。途中シアトルタコマ空港に寄港しました。
この辺りは、ノーキーさんがベンチャーズと初めて出会ったタコマという町があります。
なぜノーキーさんがタコマにきたかということは、後日発売予定の自叙伝の中で詳しく状況がかかれてます。

さてラスベガス空港についたら、荷物を受け取るためのボーディングゲートが空港の外に延々と並んでいました(空港を出てから荷物を受け取るのです)。
フラミンゴホテルからお迎えの大きな黒人が案内してくれなかったら、多分わからなくて困ったことでしょう。

また見渡すと、電光看板にはオリビア・ニュートンジョンの映像が宣伝されており、いたるところにスロットマシーンが設置されてました。
さすがギャンブルの街です。

オリビアポスター

ラスベガスという街は、フーバーダムにより電気と水を提供できるインフラができたために人が住めるようになったと聞きます。

機内から見た景色は茶色の砂漠地帯に忽然と現れたオアシスのような感じです。
農業生産はまったく不向きの土地のため、ギャンブルや観光で栄えてるのですね。
その昔、浜田幸一議員がここでギャンブルで大損をしたということは有名な話でした。

空港を出ると、"あっとオドロクタメゴロー"
リムジンカー(リンカーン:ダックスフンドのように胴長の車体)のお迎えです。
そのこわもての黒人さんはケリーさんが手配してくれた運転手でまるでマフィアに拉致されたかのごとく、車に乗り込みました。

社内は大きなバーカウンターが有りアルカポネが葉巻をくわえながら鎮座するのにふさわしい雰囲気でした。

フラミンゴホテル

初めて乗ったリムジンカーですが、アメリカに来たな、という実感が沸いてきました。
ケリーさんがオリビアと出演するフラミンゴホテルはその昔ヒルトンに買収されていましたので日本人客が多く利用していました。
ホテルの一階は至るところにギャンブルマシーンが設置されています。
こんな世界があるのかと思うくらいにスケールが大きくびっくりものです。

ケリーさんと奥さんのキャサリンさんが入口で迎えてくれ、まずはチェックインです。
ホテルのカウンターでは100人くらいの行列ができていました(そういえばこのホテルにチェクインに相当時間がかかるとブログに書いてありました)。
ところがケリーさんに案内されたのは、いかにもビップしか入れそうにないゴールド色のドアが開きくと中はVIPカウンターでした。
ものの数分でチェックインができました。
ケリーさんにまたまた感謝です。

ケリー夫妻と

ケリー夫妻と


キャサリンさんとホテル近くのレストランで食事をしてオリビアのショーを待ちます。

キャサリンさんとケリーさんはナッシュビルに住んでおり7月から三ヶ月間ラスベガスで暮らしています。
それぞれ音楽の仕事があるので愛犬を連れてのツアーです。
愛犬が病弱のためナッシュビルから3日間かかりましたが、途中メンフィスではプレスリーの聖地グレイスランドにもよったりできて楽しいドライブだったようです。

オリビアのショー

16時にホテルに着き広いホテル内や近くを散歩したり食事をしているうちに、開場の19時になり、ケリーの計らいでど真ん中のいい席に案内されました 。

またショーが終わったら特別にバックステージに入ることが許可されるバッジをつけてもらいました。
オリビアは1948年イギリスで生まれ5歳の頃オーストラリアに移り中学の頃からバンドを組みバーやスナックで歌っていましたが、1966年に番組のオーディションで優勝したのをきっかけにイギリスにもどりデビューし、クリフリチャードのバックコーラスや映画女優などをしてました。

1974年のシングル"愛の告白(I Honestly Love You)”が全米1位となり1975年にアメリカに渡り、ミュージカル"グリース"でジョントラボルタと共演してからはアメリカンドリームの世界に入っていきました。
オープニングは1975年全米ビルボード1位に輝いた"そよ風の誘惑(Have you never been mellow)"で始まりました。
訳詩を見るとタイトルとはニュアンスがまるで違いますね。

私にもあなたのように生き急いでいた時代があったわ
今のあなたのようだったわ
私にも自分の観点だけで語っていた日々があったわ
今のあなたのようだったわ
今あなたに嫌な顔をさせるつもりはないけど
でも、あなたにはもう少しペースを落として欲しいの

今までゆっくりくつろいだことはなかったの?
内面から癒されるような安らぎを見つけようとしたことはあるの?
自分の歌を聞いて、幸せな気持ちになったことはあるの?
あなたの歌で、誰か他の人を勇気づけけたってことがあるの?

あなたが頭を雲の中に突っ込んでもがいているように
私も走りまわっていた頃があったわ
今のあなたのようだったわ
リラックスして、靴を脱ぎ捨て
目を閉じるなんて時間は一度もなかったでしょ
私も今のあなたのようだったわ
今のあなたには、わかるよね
あなたには、手をとって癒してくれる人が必要ってことが

今までゆっくりくつろいだことはなかったの?
内面から癒されるような安らぎを見つけようとしたことはあるの?
自分の歌を聞いて、幸せな気持ちになったことはあるの?
あなたの歌で、誰か他の人を勇気づけけたってことがあるの?

ザナドゥー 1980年のアメリカ映画  地上に最高の音楽の殿堂を作るために、と集まる人々を描くミュージカル・ファンタジー映画

その他日本での公演と同じ内容でしたが、67歳とは思えない歌声とすばらしいショーでした。
バックメンバーは、バンマスのギタリストでありノーキーバンドメンバーのケリー・マークス(Kerry Marx)、ベースのマッケンジー(Matt Mckenzie)、ドラムスのマーク・バケット(Mark Beckett キューバ人)、キーボードのブライアン(Dane Bryant)、コーラスのマリア(キューバ人)、 パーカス/サックスなどスティーブ、ボーカル(名前を忘れました)の7人編成。

今回、アメリカで購入したCD

今回、アメリカで購入したCD

ショーでの演奏曲は

01. そよ風の誘惑
02. ザナドゥ
03. マジック
04. 恋の予感
05. 愛は魔術師(マジシャン)
06. サム
07. メイク・ア・ムーヴ・オン・ミー
08. イフ・ノット・フォー・ユー
09. レット・ミー・ビー・ゼア
10. プリーズ・Mr.プリーズ
11. カントリー・ロード
12. バンクス・オブ・ザ・オハイオ
13. 愛しい貴方
14. フィジカル
15. クライ・ミー・ア・リヴァー
16. 悲しみのクラウン
17. 心の誓い
18. 私はサンドラ・ディー
19. 愛のデュエット
20. 愛すれど悲し
21. 想い出のサマー・ナイツ
22. ウィ・ゴー・トゥギャザー
23. グレイス&グラティチュード
24. 愛の告白

【アンコール】
25. 虹の彼方に(Over the Rainbow)

終了後はバックステージでオリビアやバンドメンバーにサインをもらったり、写真を撮ったりとてもラッキーな1日でした。


明日ケリーが盲腸の手術後の検査のため夜は早く寝たいといっていましたが、我ら7人とホテルのバーでは美味しそうに赤ワインをお代わりし遅くまで付き合ってくれました。


その後、夜のラスベガスを散策に出かけました。
ギャンブルマシーンのあるドーム型の広場ではたくさんの人がゲームに勤しんでいました。
ここはまるで夕方の夜景を思わせるような高い天井があり、いつまでも夕暮れ状態でした。
不夜城といわれる由縁しょうか。
丑三つ時を過ぎても、大勢の人が街に繰り出していましたが、さすがに旅の疲れがでてきたのか、ギャンブルもしないで床につきました。
明日の朝は5時おきで空港に向かわねばなりません。

続く